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主体性を巡るあれこれ雑考。

こんにちは。

作品には興味がないのに、キャラクターに興味がある唯一の作家が荒俣宏である沖津です。
 
先日、大手化粧品メーカーの人材教育グループ長の方と延々4時間以上も楽しく議論させていただきました。
 
そこでも話題に挙がったことですが、企業の採用や育成に関していつも「主体性」という資質がキーワードになります。
確かに「主体性を持った人」という言葉に悪いイメージを抱く人はいないと思います。
 
 
しかし、ふと「主体性」ということについて、考え込んでしまいました。
 
企業は「主体性」を求めるけれど、本当に「主体的」な行動を歓迎しているのでしょうか?という問いです。
 
例えば、養老猛司氏はベストセラー『バカの壁』(懐かしい…)の中で、
「個性を発揮しろという教育は嘘だ。みんなが個性を発揮されたら社会は大変だ」というようなことを書いていました。
ここでいう「個性」を主体性を読み替えることはそれほど強引なことではないでしょう。
 
つい最近も、スティーヴ・ジョブズ氏の没後に彼のような若者を期待する記事が氾濫したことや、朝日新聞の成人式の社説に端を発する「尾崎豊論争(?)」について、「実際にジョブズや尾崎のようなヤツが会社にいたら、全力で押さえつけるくせに」という反論もネット上を飛び交っていました。
 
 
「主体性」を持ち続けるには、おそらく「自己肯定感」が重要な作用をするのだと思いますが、人は生まれた時から様々な抑圧の中で育ちます。
 
もしかしたら最初は家庭において抑圧を感じる人もいるでしょうし、小中高と学校教育の中で抑圧を受け、そして社会に出て会社においてと、常になんらかの抑圧の中で「社会性」というものを帯びるように教育されていきます。
 
 
より正確な表現をすれば、企業は「主体性」のある人を求めているわけではなくて、
「主体的に考えた結果、自社のビジョンを自分事として選び取って理解して、その上で前向きに仕事をこなす人」を求めているのであり、企業にとっては、前半よりも後半が重要なのではないかと思うのです。
(理屈っぽくてすみません)
 
ただ、強い主体性を持って考えて行動できる人が会社のビジョンに全く賛同できないという場合は、前向きに会社を去るという決断をすることも多いかもしれませんので、それはそれでどちらにとっても悪いことではありません。
 
要するに、企業にとって一番問題なのは、明確な自分の意思(主体性)がないまま、ただ漫然を毎日を過ごされる、ということであり、だとすれば、やはり「主体的に考え、決めて、行動できること」が重要な資質ということは変わりないのかもしれません。
 
 
個人の側から言っても、やはり自己肯定感を持って、主体的に生きられることが幸福感に繋がることはおそらく間違いないことと思います。
 
主体性、自己肯定感を育むということに関しては、いろいろな人がいろいろなことを書いていますし、答えのないことでしょうからここでは触れませんが、何かに直面した時は(それは会社の新しいビジョンかもしれませんし、目の前に現れた新しい悩みかもしれません。)いつも漠然となんとなく受け止めて日々を流していくのではなく、「結局自分はどうしたいのか」ということを突き詰めて考えて、その上でどのように関わっていくかということを、逃げずに真摯に考え、そしてその決断を行動する勇気が大切だと思います。
 
悩むのではなく、考える、ということです。
僕にとって「悩む」とは答えの出ないことを悶々とすることであり、
「考える」とは、必ず答えが出て一端結論を出して、前に進めることです。
2012年01月13日 |採用担当 コネクト沖津

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